大人になりたい
1人でバーに行くことが今年の目標だと人に話すと、明日にでも叶えられそうだねと笑われるのだけれど、未だ叶えられぬまま3月も半ばになった。
だれかとときどきバーを訪れるという、大人の嗜みを覚えた。カウンター席に、ひとりグラスを傾け静かに愉しむ女性をよく見かける。私はといえば、数口でゆでだこに仕上がるほどお酒に弱く、知見もない。オーダーするのも緊張してどきまぎ、この歳になっても尚未だ場違いな気持ちになり、内心そわそわきょろきょろと落ち着かない。
先日のこと、私よりも遥かに年下だと思われる女性が、重い扉から慣れた様子で店内に入ってきた。
彼女は私の横の席に促され、軽やかに着ていたコートを脱ぎ、腰掛けた。
オーダーを聞かれ迷わず「泡を。」と頼んだ彼女は、目の前に出された5種ほどのシャンパンボトルの説明に相槌を打ちながら、その中から2種について幾つかソムリエに質問し、オーダーを決めた。
その店は、常時グラスのシャンパンが5・6種類ほど用意されているシャンパンが売りのバーで15時のティータイムから開いている。メニューには、クレープシュゼット、パンケーキ、プリン、シュークレームが並ぶ。シャンパンとクレープシュゼット。うっとりするほどに大人びた単語の並び。
お酒を頼むと、チーズたちがずらり並べられたウッドボードの中から、好きなものを選ばせてくれる。私には、見たこともなく、違いすら判別もできない。
彼女は出されたウッドボードの中から迷わず1つを指差し、「それは中にトリュフの入ったものですよね、それ大好きなんです。そちらを。」とスマートに伝えた。
いつかそんな大人に当たり前になるのだと信じて疑わなかった、女子大生の頃の私。現実の私は、自分よりも10は違いそうな年下の彼女の振る舞いがあまりにも格好が良くて、彼女と自分とのコントラストにまた一層恐縮した。
遠方から来たのだとソムリエに告げた彼女は、予約困難の有名店の名を挙げ、これからその店で夕食の予定があり、その前に1人で1杯、京都駅に着いた足のままこの店に来たのだと説明した。この後手土産を買いにデパートまで行き、その後夕食に行くのだという。
そんな大人になりたかった。全くなれてはいないけど。彼女は軽やかに泡を自身の中に流し込むと、颯爽と去った。
その後ろ姿を見送りながら、私も今年は1人でバーに行く大人になるのだと決めた。もう、大人というには随分と大人になりすぎているのだけれど。








